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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

ピレウス港入港

                     ≪十月十八日≫     ― 壱―

   船内の朝は、早い。

 昨晩、あれほど賑やかだった歌声も聞こえてこない。

 四時ころ・・・・か。

 話し声やミュージックが聞こえてくる。

 一時間もすると、陽が船の小さな窓から、射し込んできた。

   リクライニング・シートに身を沈め、ジッと目を閉じると、船が航行

 してきただろう地中海に、散りばめられた島々が、エーゲ海に浮かんでい

 る姿が目に映る。

 その島々を縫って、一人のヒッチハイカーを乗せた、白い船体が真っ青な

 海と空に白い線を引いて滑っていく。

 その中に、私は居る。

   浮かぶ島がいかなる名前の島なのか、今どこを進んでいるのかさえ知

 らない。

 しかし、確実なことがひとつある。

 それは、ゴールであるギリシャ本土に船首が向けられているということ 

 だ。

 今までの苦労が走馬灯のように駆け巡っていく。

 毎夜毎夜、恋焦がれていたギリシャに、・・・・・このシートにもたれて

 いるだけで、必ずつくという事実がここにある。

 すべてが、この日のために用意されているようだ。

    昨晩の、大自然の慟哭はいったいなんだったんだろう。

 陽が輝き始めると、みんな待ちかねていたように、船内をでてデッキに立

 ち始めた。

 日光浴をし始める。

 そういえば、昨晩のチケットチェックはあっけなかったな。

 あの時間トイレにでも隠れていれば、チケットなしでも乗船できるのか。

 そんな思いをしながら、シートを元に戻す。

   船はかなりの速度で進んでいるにもかかわらず、島々はいつまでも同

 じ姿を変えようとしない。

 他に船影のすがたを見ることもない。

 エーゲ海にただひとつ浮かぶ、大きな白い船体は、眩しいばかりの陽光を

 受け、青い海にクッキリとその姿を現していることだろう。

 海鳥が平行して飛んでいる。

   デッキに出る。

 風が強い。

 陸地が近いようだ。

 時間からして、ギリシャ本島かも知れない。

   ピレウスか?

 大きな港が近づいてくる。

 着いた、着いた、・・・・やっと着いた。

 日本を離れて、65日目だ。

 ヨーロッパ特有の、四角張った白や赤で統一された家々が、キラキラと輝

 いて見える。

   この町に同士が居る。

 居るはずだ。

 あれだけの不安と苦労が嘘のように、今までの旅が夢の中の出来事のよう

 に、振り返る。

 何が俺をここまで導いてくれたものは、なんだったのか。

 俺の中に潜む何かが、この快挙を成し遂げたのだ。

   誰もあの「東川義彦」が、成し遂げた快挙とは思わないだろう。

 俺とは違う俺が、今ここに立っている。

 強い風を避け、船内に戻り、次にシートから腰を上げたとき、船はもうす

 でに。ピレウス港に入っていた。

 今まで、白い船体を包み込んでいた、自然界とは様子が違っている。

 港特有の乱雑さと異臭。

 錆付いた船体、機械油が浮いた海。

 積み重ねられたスクラップ群。

   ここにあるすべてが、ついさっきまで見えていたエーゲ海とは、かけ

 離れた自然がここにある。

 造船所を抱えた港というものは、どこも変わらない。

 そんな乱雑な中に、懐かしいものを見つけた。

 日の丸だ。

 日の丸の入った船が停泊しているのだ。

 後ろにいた毛唐の女が、船体に書かれた名前を俺に代わってつぶやいた。

   日本を離れてみると、自分が日本人であることに、誇りが持てるよう

 になった。

 日本人で良かったと思う。

 生きることのみに、神経を集中させて生活している人達を、どれだけ見て

 きたことか。

 俺たちは、どんなに幸せだったか。

 そう思えたことだけでも、この旅は成功だったのではないか。

 そう思えてきた。

   日の丸の周りには、いろんな国の大きな船体が、所狭しと停泊してい

 る。

 さすがに、ギリシャ一の港、ピレウスだ。

 そんな乱雑さの中を、静かに滑っていく。

 誰にも気づかれないように。

      「ピレウス港か」

      「やっと終わった」

      「俺はやり遂げたのだ」

      「まさか・・・この俺が」

   この後、友達からの便りにも書かれていた。

      「まさか?!本当にあなたは、やり遂げたのですね。」

 会長も、ほんの中で、感動の一瞬をもう書いている。

      「わーっ!アテネだ!!」

 ここまで来れた原動力は、何だったのだろうか。

 戻るに戻れない状況にあったことも確かだ。

 前に進むしかなかったことも確かだ。

   乗客の流れが、出口に向かっている。

 誰一人あわてる様子もない。

 ゆっくりと流れに身を任す。

 デッキに出ると、はるか下に岸壁が見える。

 船の大きさが分かろうというもの。

 今日は18日。

 情報では、日本からの女性部隊も今日、それももうすぐ、ここピレウス港

 に入港予定とか。

 そして、女性部隊を出迎える仲間たちも、ここピレウス港に姿を見せるは

 ずなのだ。

   下船が始まった。

 いよいよ上陸だ。

 ピレウスの町に上陸して、来ているはずの仲間たちを探すでもなく、ブラ

 ブラと港を散策する。

 近くに、旅行代理店が軒を連ねているのを見つけて、ソ連からの船はどこ

 へ着くのか聞いてみた。

       俺「ア~~、エクスキューズミー、ソ連の船、どこですか?

         分かりますか?」

   通じていない。

 なかなか教えてくれない。

 数軒あたってみる。

 やっとのことで通じたのか、ペラペラと説明を始めてくれた。

 あ~~~あ、何たることか、やっと教えてくれたと思ったら、まるで早口

 で理解不能。

       俺「OK!サンキュー!」

   理解できたのではない。

 お礼を言って、あわてて店を飛び出す始末。

 これでは先が思いやられるというものだ。

 仲間たちとの合流をあきらめて、近くの公園で一休みすることに・・・。

 すると、向こうの方から誰か歩いてくる。

       俺「あれっ?岩崎君じゃない。」

   春のヒッチハイク大会で、一緒になった仲間である。

 まさかこの大会に参加しているなんて、聞いてないよ。

       岩崎「ヨ―ッ!」

   岩崎が手を上げる。

 驚いている様子だ。

       俺 「久しぶり!あんたも参加してたの?」

       岩崎「いやいや、二週間だけ休暇貰って、飛んできたのよ 

          昨日は正男たちに会ったよ。みんな元気でやってんだ

          ね。」

       俺 「正男、もう到着してんだ。それで、今日ここへ来るっ

          て言ってた?」

       岩崎「そうなんだよ。今日日本から女性軍が、ソビエトの船

          で来るから、迎えに行くんだって張り切ってたも


          ん。」

       俺 「何時か、言ってなかった?」

       岩崎「サーッ!でも、もう来てると思うけどな。でもこう港

          が広いとどこに船が到着するかわかんないもんな。」

       俺 「それで、君はどうするの?」

       岩崎「これから、島めぐりしてすぐ日本へ戻るつもりなん 

          だ。」

       俺 「エエッ!もう戻るの・・・・残念だな。」

       岩崎「もうすぐ、島巡りの船が出るんだ。みんなに遭ったら

         よろしく言っといてよ!」

       俺 「分かったよ。それじゃ元気で。また遭えるといいけ 

          ど。」

       岩崎「また、どっかで遭いましょう。」

   暖かい陽光を浴びながら、30分くらい座っていただろうか。

 実に思い掛けないところで、おもがけない人と会ってしまったものだ。

 これも偶然なのか、当然なのか。

 こういうことは、旅をしてて実に良くあることだ。


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